NATURE

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STORY

Organic cafe 知恵の木が誕生したいきさつを物語風にまとめてみました。それは不思議なシンクロの連続でした。人生って面白い。その奇跡は今もなお続いているのです・・・。

noahnoah

​私のマクロビ物語〜前編

文・noahnoah(知恵の木ディレクター)

 

 

私がマクロビオティックを本格的に生活に取り入れ始めてから20年以上になります。(以下マクロと略します) 

マクロそのものは、私が生まれる前から祖父母や両親がすでに実践していました。きっかけは、祖父の心臓病。当時、治療の方法がなく、余命3ヶ月と医師に宣告された祖父のもとに偶然現れたのがマクロの指導家でした。 

指導家は、祖父の顔を診るなり、大の甘いもの好きであることを言い当て、砂糖をやめて玄米食を3ヶ月まじめに実行すれば、必ず治ると断言しました。そして、その通り祖父は完治し、医師を驚かせました。 

祖父は、「これは再び天から頂いた命に違いない。病に苦しむ人のために使わねば」と43歳から治療の勉強を始め、実家の農業をしながら、健康指導を始めました。 

私が子供の頃、家には病人が何人も泊まりこみ、祖父母から玄米の炊き方や手当て法を学んでいました。また、訪問者の中には、アメリカやカナダ、オーストラリア、イスラエルなどから家族で訪れる外国人もいて、当時は国際化前の日本ゆえ、隣人からは奇妙な家だと思われていたようです。 

しかし、青い目をした訪問者たちは、私のとても良い遊び相手となってくれました。私を肩車しながら、遠い異国の話をしたり、歌を歌ってくれたりしました。 

いつの間にか私の中で、異国にたいする興味がふくらみました。けれども、マクロは好きになれませんでした。家では市販の菓子は禁じられ、肉類は少なく、ご飯は玄米をよく噛むようにしつけられ、おまけに学校には給食のかわりに、玄米弁当を持っていかされそうになりました。これには、絶食して反対の意を示し、かろうじて逃れることができました。 

いくら良いものでも子供の私にはストイック過ぎたのです。その反動で、外食を好み、菓子も好きなものを外に求めるようになりました。そんなわけで、玄米正食一家の不真面目な長男坊として、私は育ち、大人になりました。 

そんな私に転機が訪れたのは23歳の時、マクロの世界的指導者・久司道夫先生(ボストン在住)が札幌で講演をすることになり、主催者であった父を手伝うため、私も一緒に会場に向かいました。 

私はその時、ある計画をあたためていました。世界一周旅行の計画です。芸大受験に失敗した私は日本なんかに観るべきものはない(今考えると何たる傲慢!)好きにできるのは若いうちだと考え、ある時、行きたい場所をノートに書き出しました。 


 

 

ニューヨークのギャラリー巡り、パリのエッフェル塔、スペインのガウディー建築、ペルシャの遺跡、インドのタージ・マハール、中国の万里の長城などなど・・・ 全て訪れるとすれば、ぐるり世界一周することになります。そのための資金はバイトですでに準備してありました。

 

講演が終わった後、久司先生ご夫妻とお話をする機会があり、旅の計画をお伝えしたところ、「それは面白い!その世界旅行、アメリカからスタートしてみてはどうかしら?ぜひ、うちへいらっしゃい。部屋を貸してあげるわ。うちでしっかりマクロを勉強すれば良いわ」 思いがけず、奥様からそんなお誘いを頂きました。

 

実はこの旅行、どの国からスタートするか迷っていたのです。マクロは苦手だけれど、部屋を貸してもらえるとは有難い。私はすぐにアメリカ行きを決め、「お願いします」と言って深々と頭を下げました。すると、久司先生が私の顔を見つめてこう言いました。 

 

「ただし、条件があるよ。君はチョコが好きなようだけど、久司ハウスでは(先生の邸宅を皆、久司ハウスと呼んでいました)チョコはいけません。玄米をしっかり食べること、いいですね」 

 

私は虚をつかれた思いがしました。私がチョコ好きなのが見事に当てられたのです。実はその日の朝も、人から頂いたホワイト・チョコを1枚ぺろりとたいらげて会場に向かったのです。けれど、歯磨きだってしっかりしたし、顔に吹き出物が出ていたわけでもありません。なのに、なぜわかったのでしょう・・・(汗) 

 

「も、も、もちろんです」私は少し上ずった声で苦笑いしながら、マクロビオティックとは、なにやら、神秘的で奥深いものらしいことを悟りました。 

 

そしてその3ヵ月後、私はアメリカへと旅立ちました。ここからが、私のマクロビ物語の始まりです。 期待に胸はずませた海外、しかし、ニューヨークで私を待ち受けていたもの、それは恐ろしい誘惑の数々でした。 さて、私はいったい何を見たのでしょう?